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『世界最速のインディアン』(2005/米=ニュージーランド)~先入観の持つ意外な効能~

アタリ役というのは罪なものだ。
役者としては、何らかのアタリ役がなければメジャーにはなれない。
かといって、ひとつのアタリ役だけではイメージが固定され過ぎてしまい、役柄の幅が広がらない。
いきおい、役者生命も短くなってしまう。
ピーター・フォーク(=刑事コロンボ)や渥美清(=寅さん)のように、
ひとつのアタリ役の人気が長く、幸か不幸かその役と長きに渡ってつきあって人生をまっとうする役者は少ない。
大抵はアタリ役のイメージを悪い意味で引きずってしまい、苦労することになる。
『サイコ』のアンソニー・パーキンスなどは、その典型だ。

このアタリ役の功罪をクリアする方法。それは複数のアタリ役を得ることである。
スター・ウォーズでハン・ソロというアタリ役を得たハリソン・フォード。
さほど間を置かずしてインディ・ジョーンズというアタリ役を獲得し、彼はハリウッド最大の成功者の一人になった。
もう一人、ロッキー・バルボアとジョン・ランボーという2つのアタリ役を持つシルベスター・スタローン。
彼の場合は、そのアタリ役を自らが創作してしまったという点において、まことに稀有な例だといえる。
この2人の例を見ればわかるように、複数のアタリ役を得れば、
たとえ代表キャラはあったにせよ、イメージが固定化しすぎてしまうことはない。

世間でアンソニー・ホプキンスのアタリ役といえば、間違いなく『羊たちの沈黙』シリーズのレクター博士である。
あの強烈な印象によって、僕の中では<ホプキンス=怖いおじいちゃん>というイメージが固まってしまう。
故に、なかなか評判の良かったこの『世界最速のインディアン』に食指が動かなかった。
ロケットのようなバイクで爆走するアンソニー・ホプキンスが、ちょっと怖かったのだ。

でも。すみません、もっと早く観れば良かった。
実話を基にしたこの映画。死ぬまでに適えたかった「バイクで世界最速をたたき出す」という夢をかなえるため、
一人の老人が決行したニュージーランドの田舎町から遥かアメリカ大陸のレースの聖地までの旅を描いた
素敵な素敵なロード・ムービーだった。

頑固な主人公の持つ
●大人だろうと子供だろうと人種が違おうと、誰でも分け隔てなく平等に人を見る目
●やっかいごとを前向きにとらえる、おおらかな人生観
●初対面の人に必ず自分から名乗って挨拶する礼節
といった魅力的な役柄。
アンソニー・ホプキンスへの先入観は、逆に<意外性>というスパイスを効かせて
僕の心の中に強く印象付けてくれたのだ。

ヒューマン・ドラマとしても、ロード・ムービーとしても、更にはスリリングなレース・ムービーとしても
この『世界最速のインディアン』は、実に得難い魅力を持った1本。
僕のようにアンソニー・ホプキンス=レクター博士のイメージが強烈な人こそ、是非とも観ていただきたい。

自分の信念が挫けそうになった時、僕はきっとこの映画のことを思い出すだろう。
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『ミッドナイト・ラン』(1988年/米)~男同士の友情が知りたい貴女に~

世に女子会というものがある。
僕は男なので、いくら飲むのが好きだと言っても、当然この先一生縁の無い世界である。
僕と他の男どもが合流すればそれはただの飲み会になり、男女数が同じになれば合コンにバージョンアップする。
僕ひとりだけが参加したら、それは居心地が悪いどころか単なる邪魔者である。

そんなわけで、僕ら男性陣にとって、女子会でどんな会話が交わされているのかは永遠の謎だ。
だから以下は勝手な想像でしかないのだが。
恐らく女子会では、誰かの個人的なネタに対して、「そうそう!」「え~!わかるわかるう~」といった具合に
参加者全員が<同調>することによって、女子同士の連帯のボルテージが保たれていると想像するのである。
逆に言えば、<同調>しておかないと、場から取り残されていく。

野郎同士の飲み会では、こうした<同調>のシーンというのは恐らくほとんど無い。
個人のネタは個人のネタのまま披露されては、「うわはははバカだね~」とか「マジで?信じらんねえ」
といった調子で消費されては消えていく、うたかたの運命にある。
「そらお前も大変だねえ」という<同情>はあっても、同席している男全員が
「俺もそう!」「わかるわかる!」「そうだよね~♥」という絵ヅラにはならないし、もしそうなったら気持ち悪い。

そこにあるのは、「結局、俺は俺、お前はお前。」という関係性を前提にした連帯なのである。
女同士で「私は私、あなたはあなた。」は、友情の土台にはならないどころか、絶交のきっかけになる恐れがある。
そこが違う。<同情あっても同調なし>、これが男同士の友情の本質なのだ。

マーティン・ブレスト監督/ロバート・デ・ニーロ&チャールズ・グローディン主演の『ミッドナイト・ラン』。
このバディ型ロード・ムービーの大傑作には、そんな男同士の馬鹿で奇妙な友情が溢れている。
マフィアの巨額資金を横領して慈善に使い切ろうと逃走する会計士。
お尋ね者の小悪党を捕まえては保釈金斡旋金融業者から小銭を稼いで渡世をしのぐ、しがない賞金稼ぎ。
この2人にFBIとマフィアと別の賞金稼ぎが絡んで、物語は追いかけっこ×3の面白さで疾走する。

40代半ば、脂の乗り切ったデ・ニーロ演じるこの賞金稼ぎのしょうもなさぶりが実に味わいがあり、
相手役のチャールズ・グローディンの食わせ物ぶりも、コメディアンの資質を十二分に発揮して巧いの何の。
デ・ニーロの過去が明らかになるあたりから、「俺は俺、お前はお前。」の友情がラストに向かって見事に収斂。
手に汗握って笑ってグッとくる、巨星:ロバート・デ・ニーロの代表作の1本だ。
しっかしまあ、『未来世紀ブラジル』→『ミッション』→『エンゼル・ハート』→『アンタッチャブル』→『ミッドナイト・ラン』っていうとんでもない当時の出演作の流れ。やっぱこの頃のデ・ニーロは神がかっている。

主人公2人を繋ぐ奇妙な友情のエントロピーは、対:ライバルの賞金稼ぎ・対:保釈金斡旋金融業者のボスとの関係においても同じく貫かれていて面白い。出演者全員の持ち味が最大に活かされたキャスティングも素晴らしい。
なんだか持ち上げ過ぎな気もするけれど、この映画が面白くない男は、多分いないと思う次第。

「俺は俺、お前はお前。でも同じ穴のムジナみたいなもんだぜ。」
そういう男同士の馬鹿で愛すべき友情が知りたかったら、『ミッドナイト・ラン』を観るといい。
…などと、女子会に闖入(ちんにゅう)して発言してみたいものである。

『悪人』(2010年/日)~骨太な人間ドラマを支えるスモーキーな色彩映像詩学にも注目~

李相日監督『悪人』、うんこれはいい映画だったなあ。

原作知らずで、“誰が本当の悪人か?”ノリの予告編から、ミステリなのかと思ってたら、真っ向勝負の人間ドラマ。深津ちゃんの良さはもちろんだけど、妻夫木聡、いい役者になったなあ、としみじみ思う。

クルマを軸とした移動シークエンスと音楽に、意外やヒッチコック『サイコ』へのオマージュも感じられて興味深い。
重い人間ドラマにあの映画のエモーションを組み込むところが、妙味を生み出している。
さすが李相日、なかなかの手管である。

さて、劇中に印象的なシーンは数多いが、ここでは象徴的な<海>を取り上げてみたい。
主人公にとって<海>は、その先に広がる無限の可能性の象徴ではなく、
ただ己の行く手を阻むものとして目に映る。
身を潜めた灯台も、結局は何も照らしてはくれなかった。
おのれの行く手をふさいだ海の向こうに沈む夕陽に、彼は何を想ったのか?
この顔を、あの目を、李相日はよくぞ撮ったと思う。

主人公・祐一の安っぽい金髪と薄汚れた青いトレーナー。
光代の何の色気もないストレートの黒髪と部屋着のよれた赤いフリース。
金と黒。青と赤。
何気ない髪の色・服の色にも緻密な計算を感じる。
こういうところに神経が行き届いて手を抜かない映画が、僕は好きだ。

『僕の彼女はどこ?』(1952/米)~平凡な食材で非凡な料理、名シェフの作るホームドラマ~

ダグラス・サーク初のカラー作品。事業で大成功を収めた富豪老人が、自分の遺産を昔自分がフラれた女性の家族に遺そうと思い立ち、身分を伏せてその家族のところに無理やり間借りするところから始まる珍騒動。

シリアスなメロドラマの印象が強いサーク初心者の僕にとっては新鮮な楽しさに溢れるファンタジー作品。
へえ~こんなのも撮っていたのね、と。
そう言えば、例えば豪腕のハワード・ホークスなんかも、とっても面白いコメディを撮っている。演出家としての腕は、むしろこうした肩の力を抜いた作品にこそにじみ出るものなのでしょうか。
ストーリーはある意味でこうした映画の典型とも言えるものなのだけれど、典型を材料にしたからこそ際立つサークの作家性がショットのひとつひとつに溢れている。
さすがメロドラマの巨匠。典型・類型を材料に唯一無二の味わいを作り出す名シェフの料理に舌鼓♪
プロフィール

jinbonham

Author:jinbonham
ハリウッド大作から
ミニシアター系まで
好き嫌いなし!で愉しんでます。
ツイッターでは映画に加え、
音楽・ミステリ・SFなど
仕事と趣味を
織り交ぜてつぶやき中。

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