全身麻痺の重度障害者と介護人とのふれあいを描いた話題作。
一見堅物で傲慢そうにみえるフィリップ、一見明るく破天荒にみえるドリス。
それぞれ誰にも触れられたくない思いを胸に、珍介護道中が始まる。
原題の『UNTOUCHABLE(仏原題はIntouchables)』は、
●誰もが持つ、他人には触れられたくない胸のうち
●どこまで踏み込めばいいのか迷う、障害者への接しかた
●誰にも手が付けられない破天荒なデコボコ・コンビ
といった重層的な意味合いを含んでいるのだろう。
表向きはずかずかと踏み込んでくるドリスの介護のありようは、
実は繊細にフィリップの<UNTOUCHABLE>な部分こそを突いてくる。
腫れ物に触るように、俺を<UNTOUCHABLE>扱いしないでくれ。
障害者だっていじられたいし、自虐ネタで笑ったりもするんだよ。馬鹿騒ぎだって、たまにはやるんだよ。
そんなフィリップ自身すら鍵をかけていた気持ちを、ドリスは遠慮なく開けていく。
その様子が心地好い笑いを生む。
この映画の良いところは、ドリスは結局<UNTOUCHABLE>な部分に光をあてているだけ、
ある意味ではきっかけしか作っていないところ。
一方的に誰かが誰かを救ってあげるなどという人情話ではなく、
最後は自分自身が、本音は鍵をかけてしまっておきたい<UNTOUCHABLE>なものに向き合って初めて、
救われていくものだ、というところまで踏み込んでいる。
ドリスだって、誰にも触れられたくない「やっかいなこと」はある。
演じるオマール・シーの瞳は、その光と影をよく映し出していた。
だから、ドリスはフィリップに同情なんかしたりしない。
「逃げるなよ」というドリスの言葉は、フィリップへ向けた声であると同時に、自分自身にも向けた声。
フィリップを救うことで、ドリス自身も救われたんだ。
お互いにそういう人と出会えたら、幸せだよね。うん。
宣伝は「奇跡の映画」とか「涙と笑いの感動作」とか大げさだけど、
格別ファンタジックな物語ではない。普通にいい話だ。実話ものだし。
ちょっと勇気をもって<UNTOUCHABLE>なものに向き合えば、僕らの日常にも起こりうるかもしれないハピネス。
そんなあたりまえの部分にこそ、多くの人が共感しているんだと思う。
ところで、原題からイメージされる話に終始しちゃったけど、
『最強のふたり』っていう邦題は、良くつけたなあ!って思う。
原題のニュアンスって、なかなか日本語に置き換え辛いし、
かといって『アンタッチャブル』じゃマフィアものになっちゃうし。
僕もその口だったけど、「どんだけ最強なのよ?」って興味をそそられ、
実際に観てみると主人公たちの繊細な部分が胸に染みる、という心地好い裏切りの伏線にもなる、◎の邦題だ。
http://saikyo-2.gaga.ne.jp/
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